経営幹部が抱くAIに関する4つの誤解

業界動向 | 2026年9月09日

F5の「2026年版アプリケーション戦略の現状レポート」によると、現在、組織の78%が平均7つのモデルでAI推論を自ら実行しています。その1年前、F5のAI Readiness Indexでは、AIを大規模に運用する準備が実際に整っている組織の割合は2%でした。

この2つの数字の隔たりは、現在のエンタープライズテクノロジーにおいて最も注目すべき点です。企業は準備が整うのを待ちませんでした。データ、コスト、セキュリティを自ら管理するために、推論を社内に導入したのです。そして今、その管理に何が必要かが明らかになりつつあります。これを「推論パス」と呼びます。ユーザーの意図からモデルの出力に至るまでに行われるすべての処理、つまり検索、ルーティング、ツール呼び出し、アイデンティティ、コンテキストの構築、ポリシーの適用、そして結果を返すまでの経路です。モデルは、そのパスを構成する1つのコンポーネントにすぎません。パス自体がシステムであり、企業が責任を持つ部分なのです。

私が繰り返し目にする4つの誤解は、いずれも同じ思い違いから生じています。それは、モデルを製品と捉え、推論パスを単なる裏方の仕組みと見なすことです。

誤解その1:「すべてはモデル次第だ」

どのモデル、どのベンダー、どのユースケースを優先すべきか。これは、ほぼすべての経営層との対話で最初に挙がる問いですが、最も長続きしない問いでもあります。

モデルは交換可能なコンポーネントです。パブリックAIサービスのみに依存している組織は、わずか8%です。その他の組織が多様なポートフォリオを運用しているのは、コスト、精度、セキュリティに応じて、モデルの切り替え、ルーティング、フォールバックを行うことを想定しているからです。モデルの切り替えが構成変更ではなくプロジェクトになるようなアーキテクチャを採用しているなら、その選択はすでに誤っています。

入れ替えられないのは、推論パスです。モデルにどのコンテキストを与えるかを決める検索レイヤー。どのリクエストをどのモデルで処理するかを選択するルーティングロジック。呼び出しに付随するアイデンティティ。モデルが回答をどのように利用できるかを決めるポリシー。精度を生み、コストを左右し、独自の競争優位性を支えるのは、これらの要素です。競合他社は明日にでも同じモデルを購入できます。しかし、お客さま独自の推論パスは購入できません。

誤解その2:「パイロットがうまくいけば、本番環境への移行も簡単だ」

障害の原因は、本番環境の方が難しいことではありません。本番環境が複雑であり、推論パスが長くなるほど、その複雑さが増幅することです。F5の調査によると、大多数の企業(93%)が複数のクラウドを利用し、86%がハイブリッドマルチクラウド環境にアプリケーションを分散しています。推論パスはこれらすべてを経由し、その複雑さは増し続けます。組織がモデル、アプリケーション、エージェントを追加するにつれて、考えられる推論パスの数も増加します。

F5の調査では、組織の52%がすでに複数のモデルを連鎖させるか、オーケストレーションしていることも明らかになりました。あるチェーンの各ステップの信頼性を95%と仮定します。検索、ツール呼び出し、確率的モデルが関わる処理としては、かなり高めの想定です。3ステップのパイロット環境のチェーンが成功する確率は86%ですが、20ステップの本番環境のチェーンでは36%です。各ステップの数値は変わっていません。ステップを追加したことで、システムはほぼ正常な状態から、ほぼ機能しない状態へと変わったのです。

次に、同じ計算をセキュリティに当てはめてみます。チェーン内の各エージェントが、操作されたり、適用範囲を誤って設定されたり、本来持つべきでない認証情報を与えられたりする確率が5%だとすると、20のエージェントで構成されるワークフローでは、少なくとも1つのリンクが悪用可能となる確率が非常に高くなります。エージェント型AIが本番環境で運用されるようになると、回答者の10人中9人以上が、認証情報の取り扱い、アクションの監査、そしてエージェントが何を誰の権限で実行したのかという根本的な問題など、新たな種類の問題が生じると報告しているのはこのためです。

誤解その3:「パフォーマンス、セキュリティ、ガバナンスは、それぞれ別個の優先事項である」

従来のアプリケーションアーキテクチャでは、このように分離することにも妥当性がありました。セキュリティは並行する別の作業として進められ、ガバナンスは四半期ごとに実施されていました。パフォーマンスは、別の予算を持つ別チームの担当でした。

AIでは、この3つがミリ秒とトークンで測られる1つの予算に集約されます。推論パスにガードレールを追加するたびに、レイテンシーが増加します。ガバナンス要件を追加するたびにコンテキストウィンドウが消費され、呼び出しのたびにコストが発生します。プロンプト検査、出力フィルタリング、PIIの秘匿化、モデルルーティング、再試行ロジックは、いずれもセキュリティ制御であると同時に、パフォーマンス上の負担であり、予算項目でもあります。1つに予算を割り当てれば、ほかの予算も消費せざるを得ず、1つを削減すれば、残りがリスクにさらされます。

これはまさに新しい状況です。これまで、セキュリティのオーバーヘッドは目に見えない形で償却されていました。しかし推論パスでは、p95や請求額に直接表れます。つまり、トレードオフが明確になり、誰かがその責任を担わなければなりません。現在、最も広く導入されている制御はAIサービスとAPIアクセスの認証で、組織の55%が利用しています。また、47%がエージェント向けのアイデンティティ認識型インフラストラクチャへの移行を計画しています。どちらも方向性としては適切ですが、推論パスのレイテンシーも増加させます。これらのための予算を意図的に確保しなければ、チームはパフォーマンス目標を達成するために、ひそかにこれらを外してしまうでしょう。

誤解その4:「ポイントソリューションは複雑さを増すが、何とか対応できる」

F5のデータにおける中央値に相当する企業を例に考えてみましょう。この企業は7つのモデルを使用し、複数のクラウドを運用しており、アプリケーションはオンプレミス、パブリッククラウド、コロケーションの各環境に分散しています。ここに、APIセキュリティ、AIゲートウェイ機能、出力ガバナンス用のツールをそれぞれ追加するとします。作成するすべてのポリシーを、あらゆる環境とモデルにわたり、それぞれの仕様に合わせて正しく記述し、いずれかに変更があるたびに再検証しなければなりません。ポリシーが気付かないうちにずれる可能性のある箇所は、こうした変更の組み合わせに応じて増えていきます。

午前2時に問題が発生した場合、「どの制御でこれを検知するはずだったのか」という問いに対する責任者は一人に定まりません。必要なのは、機能を減らすことではなく、接続先のモデル、環境、プロトコルを問わず、通信経路上の1か所でポリシーを適用できるようにすることです。

ポリシーの一貫性とモデル選択の自由は、相反するものではありません。両者が相反するのは、ポリシーがモデル統合の前段ではなく、その内部に組み込まれている場合に限られます。アプリケーションデリバリとセキュリティを単一のプラットフォームに集約することで、モデルを毎週変更しながら、監査担当者からの質問にも一元的に回答できます。

今、問うべきこと

組織が推論パスの管理に取り組むにあたり、経営陣が検討すべき4つの質問をご紹介します。

  1. 現在、本番環境で稼働しているモデルはいくつあり、モデルを1つ追加または置き換えるのにどのくらいの時間がかかりますか?
  2. 本番環境で稼働している最長のエージェントチェーンはどの程度の長さで、測定されたエンドツーエンドの成功率はどのくらいですか?
  3. AIポリシーはどこで適用されており、更新するには何か所を変更する必要がありますか?
  4. p95推論レイテンシのうち、セキュリティとガバナンスのオーバーヘッドは何%を占め、その数値の責任者は誰ですか?

これらの質問に対して明確な回答ではなく推定値しか得られないとしても、それ自体が有用な情報です。インシデント発生時ではなく、今のうちに把握しておく方がはるかに有益です。すべての組織に対し、今四半期中に推論パスを監査することを推奨します。この時代をリードするのは、AIを最も多く運用する組織ではありません。AIが稼働するあらゆる環境で、プロンプトからレスポンスまでの間に何が起きているかを正確に説明できる組織です。

データの詳細については、「2026年版アプリケーション戦略の現状レポート」をダウンロードしてください。F5がApplication Delivery and Security Platform戦略をエンタープライズAIにどのように拡張しているかについては、F5 AI Security PlatformのWebページをご覧ください。また、本日発表のプレスリリースもぜひご確認ください。

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著者について

Kunal Anand
Kunal Anand最高製品責任者 | F5

Kunal Anandは、最高製品責任者としてF5の製品部門を率いています。製品のビジョン、戦略、実行を統括し、重要な課題を解決して優れた顧客体験を生み出す画期的なソリューションの開発を推進しています。前職の最高技術・AI責任者としては、F5のテクノロジーおよびAIに関する戦略とビジョンを策定しました。 F5入社以前は、Impervaで最高技術責任者と最高情報セキュリティ責任者を兼任していました。2013年に共同創業したアプリケーションセキュリティのスタートアップPrevotyが2018年に買収されたことを機に、Impervaに加わりました。Prevoty以前は、BBC Worldwideでテクノロジーディレクターを務めました。イノベーションと技術分野で豊富な実績と専門知識を有し、Gravity、MySpace、NASA Jet Propulsion Labでは、セキュリティ、データ、テクノロジー、エンジニアリングの各チームを率いる役職を歴任しました。 AIと機械学習の分野で15年以上の経験を持ち、モデルのトレーニング、AIを活用したアルゴリズムによる製品強化、AIアーキテクチャの設計と実装に携わってきました。 Babson Collegeでコンピューターサイエンスの理学士号を取得しています。

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