量子 コンピューティングの時代が目前に迫り、データ、通信、インフラストラクチャを保護する暗号システムは大きな変革を迎えようとしています。準備を始めるなら今です。ポスト量子暗号(PQC)を取り上げる全6回のブログシリーズでは、F5の暗号技術分野のオピニオンリーダーが、どのようなリスクがあるのか、どのような機会が待ち受けているのか、そしてポスト量子時代にもセキュリティを確保するために組織が今から講じられる対策について解説します。未来は思っている以上に間近に迫っています。ともに準備を進めましょう。
1994年、Peter Shorは、サイバーセキュリティの状況を根本から変えるアルゴリズムを発表しました。このアルゴリズムにより、十分な性能を備えた量子コンピューターは、機密性と完全性の確保に用いられ、今日のデジタルセキュリティの基盤となっているRivest–Shamir–Adleman(RSA)や楕円曲線暗号(ECC)など、広く利用されている暗号システムを破る可能性があることが明らかになりました。
暗号解読に利用可能な量子コンピューター(CRQC)はまだ存在しませんが、実現すれば、現在の暗号技術の多くとデジタルシステムのセキュリティが損なわれることになります。最高情報セキュリティ責任者(CISO)にとって、喫緊の課題は、備えるべきかどうかではなく、いつ、どのように、どの程度の投資を行う必要があるかです。
現在の脅威:「今収集し、後で復号」
「今収集し、後で復号する」と呼ばれる手法により、量子コンピューティングの脅威はもはや理論上のものではなくなっています。攻撃者は現在、暗号化されたデータを収集・保存し、量子コンピューティングの能力が成熟した時点で復号しようとしています。これは、個人記録、知的財産、重要インフラの制御情報、有効期間の長い認証情報など、長期にわたる機密保持が求められる機密情報に深刻なリスクをもたらします。
“CISOにとって喫緊の課題は、もはや備えるべきかどうかではなく、いつ、どのように、どの程度の投資を行う必要があるかです。”
現在暗号化されているデータが、数年後に侵害される可能性があります。さらに、GoogleのQuantum AIチームや他の研究者による最近の発表は、量子コンピューターが従来の暗号を破る不確定な未来の日である「Q-Day」の到来が早まる可能性を示唆しています。Y2Kのように期限が明確な問題とは異なり、Q-Dayがいつ訪れるかは依然として不明です。そのため、今から積極的に備えることが極めて重要である一方、容易ではありません。
耐量子暗号の実現に向けた現実
量子コンピューター時代にも安全性を確保できる未来に備えることは極めて重要ですが、そのプロセスは決して単純ではありません。組織がセキュリティを維持しながら耐量子計算機暗号(PQC)へ移行するには、実務上の大きな課題を克服する必要があります。
目標はQ-DayまでにエンドツーエンドのPQCを実装することですが、現時点での実現は容易ではありません。多くのレガシーシステムは耐量子アルゴリズムに対応しておらず、アップグレードやパッチ適用が困難、あるいは不可能な場合もあります。また、利用しているすべてのサードパーティサービスがPQCに対応できているとは限りません。さらに、IoTや組み込みシステムなどのリソースに制約のあるデバイスには、固有の課題があります。多くの場合、処理がハードコードされているか、PQCへの対応に必要な処理能力が不足しているためです。
現実的には、短期的にフルスタックでPQCを導入することは困難です。そのため、組織には、リスクの高いエクスポージャーと長期にわたって保持されるデータを優先する、階層型の移行戦略が必要です。
標準とタイムライン:明確な枠組み
組織が量子脅威への防御に向けたロードマップを策定できるよう、米国国立標準技術研究所(NIST)を中心とする標準化機関は、耐量子暗号システムの基盤整備を進めてきました。移行計画を策定するには、これらの標準と関連するスケジュールを理解することが不可欠です。
NISTは、以下の主要なPQCアルゴリズムを最終決定しました。
- モジュール格子ベースの鍵カプセル化メカニズム(FIPS 203:鍵交換)
- モジュール格子ベースのデジタル署名(FIPS 204:デジタル署名)
- ステートレスハッシュベースデジタル署名(FIPS 205:フォールバック署名)
- Hamming Quasi-Cyclic(まだ標準化されていませんが、2027年に予定されています)
重要なスケジュールは次のとおりです。
- 現在:耐量子アルゴリズムの早期導入は可能であり、推奨されます
- 2030年まで:米国連邦政府機関はPQCへの移行が必須
- 2035年までに:国家安全保障システムは完全な耐量子性を備える必要があります
PQCの脅威モデリング:CISO向けロードマップ
量子コンピューターの実用化時期が不透明な中、CISOは事後対応型の計画から先を見据えた保護へと移行する必要があります。PQC導入の緊急性を理解するには、いつ、どこで対策を講じるべきかを特定する効果的な脅威モデリングが出発点となります。
組織は、モスカの定理で示されている2つの要素、すなわちデータの安全性を維持する必要がある期間と、耐量子暗号への移行に要する期間を考慮することで、対応の緊急性をより的確に把握できます。簡単に言えば、データを保護する必要がある期間とシステムの更新に必要な期間の合計が、量子コンピューターの登場までに残された期間を上回る場合、データを守るために今すぐ行動する必要があります。
PQCに焦点を当てた脅威モデルにより、優先順位付けと計画をより明確にできます。
短期的な対応:CISOが優先すべき事項(2025~2027年)
組織内で最も脆弱な資産を保護するには、短期的な対策が不可欠です。CISOはロードマップの策定に着手するにあたり、今後2年間で以下の取り組みを優先する必要があります。
暗号資産の利用状況を把握する。サードパーティーシステムを含む環境全体で、脆弱なアルゴリズムや長期間使用される資産が存在する箇所を特定します。
PQC機能を備えたエッジプラットフォームを導入する。バックエンドを書き換えることなく、境界で耐量子TLS接続を終端できるソリューションを採用します。
量子コンピューティングへの対応準備についてベンダーと協議する。PQC要件を調達およびベンダーリスク管理のプロセスに組み込みます。
長期的な機密性を重視する。長期にわたる機密性の維持が不可欠なバックアップ、証明書、署名済みアーティファクト、機密データに対するPQC保護を優先します。
長期的な取り組み:量子耐性の維持(2028~2035年)
セキュアな耐量子インフラストラクチャの構築には時間がかかります。特に、レガシーシステムや長期間保持されるデータセットではなおさらです。組織は、当面の対策を実施すると同時に、今後10年間にわたって自らを保護するための長期的な取り組みも計画する必要があります。
PQCをエンドツーエンドに拡張する。 クライアント、アプリケーション、ネットワーク、ストレージシステムに、耐量子アルゴリズムを段階的に実装します。
レガシーシステムの廃止を計画する。PQCまたは暗号アジリティに対応できないシステムを特定し、置き換えまたは段階的な廃止の計画を策定します。
ハイブリッド証明書と暗号技術に対応したPKIを導入する。デュアル署名証明書を管理し、PQC鍵のローテーションを有効にするとともに、耐量子ルート向けのトラストアンカーを拡充します。
暗号ガバナンスを強化する。暗号技術を、定期的なレビュー、テスト、リソース配分を必要とする継続的な取締役会レベルのリスクとして扱います。
PQC導入への戦略的な足掛かりとしてアプリケーションデリバリコントローラーを活用
量子安全標準への対応は容易ではありません。バックエンドアプリケーションやインフラストラクチャの変更は複雑なため、多くの組織では、PQCの導入を加速するために、TLSプロキシなどのアプリケーションデリバリコントローラーを活用することになるでしょう。
これらのプラットフォームは、ネットワーク境界で量子安全なTLS接続を終端し、直ちに再構築することなく、内部ではレガシープロトコルを介してトラフィックをルーティングします。また、暗号化ポリシーの一元的な適用と暗号アジリティを促進し、従来型アルゴリズムとPQCアルゴリズムを組み合わせたハイブリッド方式の導入を可能にすることで、円滑な移行を支援します。このアプローチをサポートする業界有数のソリューションには、F5 Application Delivery and Security Platform(ADSP)があります。
ただし、一部のデバイス、特にIoTデバイスや低消費電力の組み込みシステムでは、ハードウェアまたはファームウェアの制約により、暗号アルゴリズムをアップグレードできない場合が多いことを認識しておく必要があります。このような環境では、代替のリスク軽減策またはデバイスの交換計画が必要です。
戦略上の必須事項
耐量子セキュリティへの移行は、もはや選択肢ではなく、戦略上不可欠です。Q-Dayがいつ到来するかは依然として不明ですが、将来を守るため、量子コンピューティングの進歩を踏まえて今すぐ対策を講じる必要があります。
量子耐性への移行は、実践的なステップから始まります。リスクを評価し、長期間保持するデータを優先して、F5 ADSPのようなPQC対応ソリューションを導入します。バックエンドやデバイスのアップグレードに時間がかかる場合でも、こうしたツールを活用すれば、拡張可能な方法で今から量子耐性の構築に着手できます。
Post-quantum cryptographyはすでに実用段階にあります。今すぐ対応することで、暗号化によるデータ保護を今後何年にもわたって維持できます。量子コンピューター時代にも安全な未来に向けて、一歩ずつ準備を始めましょう。
次回のブログ記事では、PQCがアプリとインフラストラクチャに与える影響を評価し、耐量子暗号への移行におけるF5の役割について解説します。ぜひご期待ください。
また、本シリーズの過去のブログ記事もぜひご覧ください。
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