量子 コンピューティングの実用化が目前に迫り、データ、通信、インフラストラクチャを保護する暗号システムを根底から覆そうとしています。準備を始めるなら今です。ポスト量子暗号(PQC)を取り上げる全6回のブログシリーズでは、F5の暗号技術分野のオピニオンリーダーが、どのようなリスクがあるのか、どのような機会が待ち受けているのか、そしてポスト量子時代にもセキュリティを維持するために組織が今から講じられる対策について解説します。未来は思っている以上に間近に迫っています。ともに準備を進めましょう。
このシリーズの最初のブログ記事で取り上げたように、現在の標準的な暗号を解読できる量子コンピューティング、いわゆる「Q-Day」の到来は、起こるかどうかではなく、いつ起こるかの問題です。その時期は不確かですが、特に「今収集し、後で復号する」というリスクがあるため、今すぐ対応を検討する必要があります。攻撃者は現在、暗号化されたデータを収集し、量子技術が実用化された時点で復号できる可能性があります。
多くの組織は、従来のリスク計画で想定される期間をはるかに超えて、機密データを保護しなければなりません。新たな耐量子暗号標準が承認され、一部のアプリケーションデリバリコントローラー(ADC)やコンテンツデリバリネットワーク(CDN)ではハイブリッド型の保護が提供されるようになった一方で、対応は急務です。レガシーシステム全体に蓄積した技術的負債への対処が間もなく必要となり、規制当局やステークホルダーからの圧力も高まっています。
このCISOの見解では、今こそ取り組みを始めるべきです。また、ガバナンス、リスク、コンプライアンス(GRC)の側面も軽視してはなりません。早ければ2026年にも、監査や審査の厳格化が進み、量子対応状況を検証する新たなエコシステムが登場すると予想されます。セキュリティチームとGRCチームは、特にレガシーデバイスやアップグレードできないデバイスについて、ベンダー評価が極めて複雑になるという課題にすでに直面しています。今後数年間にわたり組織を適切に支えるには、明確なメッセージ、対応状況、レポートを用意することが重要です。
未来は今、始まっています
量子リスクは将来の問題と見なされがちですが、PQC標準の正式な承認により、新たな時代が始まります。Gartnerは、広く使用されている非対称暗号方式が早ければ2029年にも侵害され、2034年までには完全に破られる可能性があると予測しています。*
皆さん、今は2020年よりも2029年に近づいています。複数年にわたるプロジェクト、特にスコープの策定、優先順位付け、予算確保、実施の決定がまだ済んでいないプロジェクトにとって、残された時間は決して多くありません。さらに、後述するように、レガシーテクノロジーやアップグレードできないデバイスへの対応範囲は、多くの人が考える以上に広くなります。
CISO、CTO、CIOにとって、PQCへの備えを先送りすることは、事業継続性を脅かす重大なリスクになりつつあります。さらに深刻なのは、このリスクが10年以上前から予見されていたことです。対応が遅れれば、予見可能なセキュリティ侵害、一般データ保護規則(GDPR)などの規制への違反、評判の低下に組織がさらされる可能性があります。
パニックに陥る必要はありませんが、組織やサプライチェーン全体で連携して計画を立て、早急に行動すべき時です。2026年に向けて計画を策定するにあたり、PQCへの戦略的投資と具体的な行動計画は、AIと量子技術の時代に責任あるセキュリティリーダーシップを発揮するための前提条件となります。
NIST標準と連邦政府の義務付け
米国国立標準技術研究所(NIST)は、鍵交換用のML-KEM(FIPS 203)、デジタル署名用のML-DSA(FIPS 204)、フォールバック署名用のSLH-DSA(FIPS 205)などのPQCアルゴリズムを標準化し、今後の明確な道筋を示しました。検証済みのこれらの標準は安定した技術基盤となり、PQCを理論から実装可能な段階へと進めます。NISTの指針も明確です。標準は正式に承認されており、今こそ第1弾を実装すべき時です。
また、防御対象となるコンピューターは、私たちの知る限りまだ構築されていないため、これは新しい暗号方式への最初の移行となります。目指すべきは一度限りのアップグレードではありません。今後、新たな量子脅威が出現するたびに、何度も移行が必要になるため、「暗号アジリティ」をIT部門とサプライチェーンの中核的な能力として定着させることが重要です。何度でも、繰り返し対応できるようにする必要があります。
根本的なアーキテクチャの転換――GRCもお忘れなく
PQC標準の初回導入は、主にソフトウェアのアップグレードとなります。しかし、標準の進化に応じて暗号技術を迅速に更新できる能力であるクリプトアジリティを実現するには、資産管理、ガバナンス、IT運用を抜本的に変える必要があります。GRCチームは、インベントリ、バージョン管理、互換性テスト、リスク登録簿など、広範な領域に対応できるよう準備しなければなりません。
移行管理が不十分な場合、特にハイブリッド、マルチクラウド、レガシー環境では、システム停止、運用の中断、コンプライアンス違反のリスクが高まります。
しかし、適切な人材とレガシーシステムのドキュメントを確保できれば、量子技術への移行が起爆剤となり、長年先送りされてきたデジタルトランスフォーメーションとメインフレームの廃止を推進できます。
重要なIT機能、特にレガシーシステムの運用を外部委託している企業は、こうした旧式システムの仕組みを文書化し、十分に理解する取り組みを始める必要があります。必要な作業を過小評価した結果、多くのプロジェクトでコストが大幅に増加し、スケジュールが大きく遅延することになるでしょう。
ここでは、プロジェクト管理の「鉄の三角形」が重要になります。特に、買収を通じて成長してきた複雑な企業では、複数のビジネスケースや改善対応の経路に直面する可能性があるためです。
量子の視点で見るアプリケーション
PQCはインフラストラクチャだけでなく、アプリケーションにも直接影響します。量子安全暗号の導入は、単なるライブラリの変更にとどまりません。緊密に統合された暗号コンポーネントでは、大幅なコード改修が必要になる場合があります。数年にわたる取り組みとなるため、CISOやGRC責任者は、反発、リソース不足への不満、専門スキルを必要とする場合の高額なコンサルティング費用、社内の抵抗、ビジネスケースの変化を想定しておく必要があります。さらに、レガシーシステムに関する文書が乏しいことで、こうした問題が深刻化することも少なくありません。
早期に対応することで、将来の危機を緩和し、より計画的で混乱の少ない移行が可能になります。多くの企業は、現時点では何を把握できていないのかさえ認識していません。この取り組みを成功させ、実行に移すには、この課題に関するステークホルダー管理が極めて重要になります。
実際のアプリケーションへの影響
PQCアルゴリズムでは、多くの場合、より大きな鍵と高い計算能力が必要となるため、特に時間的制約の厳しいワークロードでは、アプリのレイテンシーやスループットに影響する可能性があります。
PQC対応に向けたモダナイゼーションでは、潜在していた技術的負債が明らかになり、予算超過につながることが少なくありません。しかし最終的には、将来にわたるレジリエンスとパフォーマンスの向上が期待できます。
すべてのシステムをアップグレードできるわけではなく、また、これは一度設定すれば終わりという取り組みでもないことについて、適切な期待値を設定することが不可欠です。ステークホルダーとのコミュニケーションでは、継続的な調査と適応が新たな標準となること、そしてこの移行に伴い、時間の経過とともに新たな課題が明らかになると見込まれることを繰り返し伝える必要があります。
インフラストラクチャの変革:ネットワーク、クラウド、エッジ
PQCは、ネットワークデバイス、サーバー、クラウドサービス、特にTLS終端と暗号化を処理するシステムを大きく変えることになります。多くのブラウザやサーバーは対応する一方、帯域幅と処理能力の要件が増大するため、多数の旧式システムではアップグレードまたは置き換えが必要になります。
セキュリティ計画を戦略的に策定するうえでは、TLSなどのプロトコルにおいて、PQCが鍵交換メカニズム(KEM)とデジタル署名に及ぼす影響の違いを理解することが重要です。最優先すべきなのは、「今収集し、後で復号する」脅威に対抗するため、PQC KEM(ML-KEMなど)を導入することです。これにより、攻撃者が現在収集している、長期にわたり機密性を維持する必要があるデータを保護できます。
デジタル署名の導入は、偽造が可能なのはアクティブなセッション中に限られるため、リスクに基づいてより慎重にスケジュールを設定できます。
ハードウェアセキュリティモジュール(HSM)
HSMは暗号鍵の管理に不可欠ですが、PQC環境では課題に直面します。耐量子アルゴリズムでは鍵が大きくなり、処理要件も増大するため、リソースに制約のある既存ハードウェアの処理能力を超える可能性があります。シードベースの鍵生成などの手法は、ストレージ要件の軽減に役立つ一方で、新たな計算オーバーヘッドが生じます。PQC対応HSMへのアップグレードには、多くの場合、追加のコスト、複雑さ、時間が伴いますが、暗号の完全性を継続的に維持するために必要です。
最大の難関:レガシーデバイスとリソースに制約のあるデバイス
PQCにおける最も困難な課題は、暗号アジリティを考慮して設計されていない運用技術(OT)、IoT、その他の組み込みシステムにまで影響が及ぶことかもしれません。こうしたデバイスは、より大きなPQC鍵サイズや増大する処理要件に対応するために必要なメモリ、ストレージ、演算能力が不足していることが少なくありません。この状況に対処するには、納期がますます短縮される中、サイバーセキュリティ、インフラストラクチャ、データ管理の各部門が連携する必要があります。デバイスの交換やアップグレードが可能になるまでの時間を確保するため、ネットワークのセグメンテーションが必要になる場合もあります。
F5:戦略的パートナー
アプリケーションデリバリとセキュリティに関する豊富な経験を持つF5は、組織がこの移行を進めるうえで独自の強みを発揮します。F5 Application Delivery and Security Platform (ADSP)は、PQC対応準備ソリューションをすでにシームレスに統合し、ハイブリッド、マルチクラウド、レガシーの各環境にわたるアプリケーションデリバリとセキュリティの両方を簡素化します。
業界をリードするアナリスト企業EMAが最近発表した「Vendor Vision 2025: Black Hat Edition」では、次のように述べられています。「F5 Application Delivery and Security Platform (ADSP)は、単なるアプリ保護ツールではありません。量子コンピューティングという差し迫った課題を含む新たな脅威から重要な資産を保護するために設計された、将来を見据えたソリューションです。……F5はいち早く、かつ断固として耐量子暗号(PQC)への対応を統合しており、いまだ実験段階にある競合他社とは一線を画しています」
F5の可視化、管理、脅威評価を統合したツールにより、耐量子安全性への移行をより現実的に調整でき、ビジネスアジリティへの負担も軽減できます。プロキシを提供する企業として、F5はいわば「お客さまのための中間者」となり、継続的な脅威管理に必要なテレメトリとAIを活用したインサイトを提供しながら、ネットワークエッジとアプリケーションのフロントドアにおける暗号移行の一元化と自動化を支援します。このアプローチでは、PQCへの移行を中核となるアプリケーション開発サイクルから切り離すことで、「飛行中の航空機のエンジンを交換する」という課題に直接対処し、当面の運用負荷と停止リスクを大幅に軽減します。
今すぐ行動を:CISOのための量子レジリエンス実践ガイド
PQCへの移行は、複数年にわたる変革です。セキュリティリーダーは、課題を明確にし、適切な期待値を設定するとともに、新たな脅威やレガシー環境に起因する問題の発生に伴うスケジュールの変動を見据えて計画を立てる必要があります。いずれ同様の対応が再び必要になるため、先を見越して準備することで、PQC対応の必須要件と必要性を、長年蓄積してきた技術的負債を解消する戦略的機会へと転換できます。この機会に、エンドツーエンドの可視性を確保し、運用をモダナイズして、デジタルレジリエンスにおける明確なリーダーシップを示してください。
成功する組織は、PQCを一度限りのアップグレードではなく、全社規模で継続的に進める変革と捉え、その方針を発信しています。包括的なアプローチを採用し、組織全体とサプライチェーンにメッセージを浸透させ、今から基盤整備に投資してください。これは、よりセキュアで俊敏性とレジリエンスに優れた未来に向けて、組織を強化する機会です。この時代に発揮するリーダーシップが、今後何年にもわたる組織の事業継続性、コンプライアンス、評価を左右します。F5は、そのすべての段階で支援します。
詳細については、近日開催予定のウェビナー「将来を見据えたサイバーセキュリティ:PQCへの対応」にご登録ください。
また、このシリーズの過去のブログ記事もぜひご覧ください。
* Gartner、「ポスト量子暗号への移行を今すぐ開始」、Mark Horvath著、2024年9月30日
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